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橋下弁護士が2chの殺害予告を刑事告訴 [光市事件]

橋下弁護士、2chの殺害予告で刑事告訴
(ITmediaニュース - 10月16日 02:00) http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0710/16/news007.html

テレビ番組などで人気の橋下徹弁護士は10月15日、巨大掲示板「2ちゃんねる」に自身と家族の殺害予告が掲載されたとして、刑事告訴したことを自身のブログで明らかにした。

10月15日に掲載された記事。11月13日と未来の日付になっているのは「この記事を最新記事として掲げるため」という 橋下弁護士は「2ちゃんねらーの方、大変残念ですが」と題したブログのエントリーで、「普段2ちゃんねるを見ることはなく、何を書かれてもある意味言論の自由の範囲内。内容のある批判があれば耳を傾けなくてはならない。予告の内容も、ほぼ100%イタズラだと判明した」としながらも「ぼくだけではなく家族を含めた殺害予告が掲載された。法律事務所、マネジメント会社、警察と協議し、内容やぼくの立場、家族のことなどを考慮してやむをえず刑事告訴した」と説明している。

 殺害予告について通報を受けた日本弁護士連合会から橋下弁護士の事務所に連絡があり、知ったという。2ちゃんねるには10月7日付けで「橋下弁護士の一家惨殺してやる」というタイトルのスレッドが立っていた。

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威勢の良い言説の中で、暴力は連鎖する。


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光市事件について議論するのがキツイ理由 [光市事件]

私は光市事件の報道を見て、一度リストカットしたことがある。もう1年以上前のことで、どういう報道内容だったかは忘れてしまったが、おそらく例によって例のごとく、とにかくさっさと死刑にしろ!が叫ばれていたのだろう。
自分で自分の追い詰められ感が不思議だ。なにしろ被告も弁護団も赤の他人である。どうなろうと私の生活に直接的な関わりは無いし、正直知ったこっちゃ無いよ。
それでも、この事件に対する報道が、私にとって(主観的には)間違いなく「自分の問題」であることは事実だ。るかさんがコメントくださった言葉を借りれば、メディアで叫ばれる「殺せ、殺せの世間の言葉を聞くと胸が苦しくなります。私が言われているようで」と、私もまた感じ続けている。
これには、一つは以前書いたように、私自身の個人的な人生経験から「社会的な価値観と相容れない者への排除」に対する強烈な恐怖が根底にある。だから、世間が何者かを社会から排除しようとするとき、自分もまた排除される側に回るだろうとの恐怖がついて回る。

もう一つは、メディア情報と個人との距離の問題だと思う。
かつて人々にとって自分を取り巻く「世間」は、家族や親戚であり、隣近所であり、同級生や先輩であり、友人だったろう。つまりは実際に自分と直接的に関わる、周囲の人々だけが「自分を取り巻く世間」だった。
しかし今は、「世間」にメディアがプラスされ、しかも場合によってはメディアが「一番大きくて信頼できる世間」になっている。ここでいう「信頼」とは、メディア情報が正しくて共感できるもの、という意味ではない。「メディアで多数を占めている意見が、実社会でも多数を占めているだろう」という意味での信頼、つまり、メディアの声が世間の声と一致していることに対する信頼感だ。
それ故、メディアで報じられる「正しい意見」があまりにも自分の見解と乖離していると、「日本中で自分だけが違う意見を持っている」ような感覚に襲われる。メディアで繰り返される弁護士バッシング・被告を殺せ!ムードを受けて、私が「日本中が自分に死ねと言っている」ように感じるのは、私もまたメディア=世間との世界観の中で生きている部分があるからだろう。

橋下弁護士に関するエントリーへのコメントが、当ブログでは最多となっている。その中で私がコメントに返信しない期間が続いており、「議論を放棄している」とのご指摘を頂いた。
それはまったく仰る通りだ。自分でもそれを良いことだと思っているわけではない。
けれど、ただでさえ「世間」で光市事件の弁護団や死刑廃止論が袋叩きになっているのを目にし、自分自身が精神的に追い詰められていく中、自分のブログでまで批判を受けてたつのはわりと辛い作業だ。水葉さんのブログなんかを見ると、いつも一つ一つ丁寧に返信していて、本当によくやってるなぁーと関心仕切りである。
光市事件の報道や懲戒請求問題について、「ちょっと世間はオカシイよ」と言おうモンなら、既に散々聞いた批判をまた聞かなくてはならない。しかも、一言「人権」とか言えば即座に「被害者の人権は守らなくて良いのか!」と、誰もそんなこと言ってないのに攻め立てられるのは目に見えているし、感情的・感傷的に、だれの命でも大切!とか、脅迫を受けて弁護団がかわいそう!とか反応してしまえば、「テーノーサヨク」などの烙印を押されて炎上→閉鎖の末路をたどりかねない。
弁護団を批判する人々は、いろいろ理屈はあるにせよ最終的には「遺族の感情」「遺族の人権」という否定しようのないものを持ち出すか、「世間の風」的な言ったもん勝ちの基準をふりかざす。しかし、こちらが人権や感情を持ち出すことは許さない。
だから、こちらはメディア情報を含めた圧倒的多数に対して、感情や人権を持ち出さず、あくまでも論理的な反論をしなくては聞いて頂けない。特に懲戒請求問題については、法的な見地からの疑問が重要なので、その視点から反論するしかない。

しかし、法律なんて私にゃ専門外なわけで、専門外のことで論理を組み立てるのは大変な作業だ。手間も時間も精神力も相当に要する。
一方で相手のほうは、法解釈から云々する必要が無いから、多く弁護士がなぜ(弁護団の主張に批判的な人までもが)橋下弁護士に疑問を呈しているか知る必要もなければ、知ったところで「法律家が世間を知らないからだ! そんな意見は聞く必要も無い!」と切り捨てれば済む。
「世間の風」は絶対的に正しくて最重要で、それと相反するような「法曹界の常識」は取るに足らない、ってことのようだ。「遺族感情」と「世間の風」を前に、法解釈に基づいた反論は無力だ。
そのため、弁護人の職責や裁判の仕組み(当事者主義、立証責任、推定無罪など)といった大前提に対する認識は両者の間で乖離の一途をたどり、そもそもそうした大前提が違うから、話しても話しても無限ループ状態に陥る。
正直言って、圧倒的な徒労感に襲われるだけで、良い事なんて一つも無い。
それでも「言いっぱなし」なブログにはしたくないし、万が一億が一でもお互いにとって議論することが良い変化に繋がればと思う。だから批判も削除しないし、出来るだけ反論もしていきたいと思ってはいるのだけど。

あぁ、なんか今日のエントリーはひたすら愚痴でしたね、すいません。絶望して心底弱気になっているわけではないので、近日中にちゃんと再起します。上京してからの生活の変化と、大阪旅行で疲れてるだけです(笑)
とか言いつつ、菊田出演の「たかじん委員会」を観れない自分がいる。どうせ、10対1くらいの状態で、一方的に死刑廃止論が血祭りにあげられているであろうと分かりきっているからだ。それに付き合う元気は、とりあえず今は無い。


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今枝弁護士への極私的指摘 [光市事件]

橋下弁護士が懲戒請求発言をした「たかじんのそこまで言って委員会」から、懲戒請求裁判の原告である今枝弁護士に出演依頼が来たようだ。
今枝弁護士ご本人が出演したい意向であるとブログで表明していたので、出演をお勧めしないエントリーを書いていた。が、長文だったため、時間をかけて書いている間に今枝弁護士が出演を断念された(笑)
私が言うまでもなく「やめてください」の意見が殺到したようである。そりゃそうだろ。

エントリー自体は、偏向報道を可能にする技術・システムの問題も絡め、一般的なメディア論の視点から書いたので、一応アップだけしておきます。
出演断念を踏まえない時点での文章としてお読みください。

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この件については反対されて当然だし、個人的にはそもそも悩む気持ちが感情的に理解できません
ただ、今枝弁護士は司法における情報公開について元々感心の高い方のようだし、裁判員制度を前に「メディアとどう向き合うか」が重要課題の一つであることは確かだから、その辺のお考えもあってのことでしょう。
それにしたって番組が悪すぎると思いますが。いや、あの番組で懲戒請求を呼びかけてるから仕方ないのだけど、あの発言をカットしない番組だからこそ「出たらヤバイんじゃ」と思うわけです。
まぁ、出演について私がアレコレ言うのも変な話です。ただ、一応は映像製作っぽいことを勉強している立場から、技術的・システム的な危惧だけ指摘しておきます。

さて、今枝ブログより。
>いわば「敵地」で闘うからこそ意味があると思うのですが、甘いでしょうか。
甘いです。
まず大前提として、録画形式の番組の場合、出演者がスタジオでいかに振舞おうと、それによって放送内容の偏向性を制限出来ることは、残念ながらほとんどありません。どんなに上手く自己演出をして正しいことを言っても、です。

具体的な仮定の上で話してみましょう。
例えば、橋下さんと今枝さんが対話しているとします。
A:橋本さんが今枝さんを理屈で問い詰めます。
B:しかし、今枝さんは論理の矛盾をいくつも指摘し、かなり有効な反論をしました。
C:一方、まったく別の話題のとき、今枝さんは出演者から差別的な罵詈雑言を浴びせられました。
D:いくらなんでも頭に来た今枝さんですが、感情的になったら負けだと思い、苦渋の表情で耐え忍びました。
さて、この仮定における今枝さんの様子がそのまま放送されれば、論理的に有効な反論を行い、罵詈雑言を浴びせられても耐え忍ぶ姿は、一定の人に良い印象を与えるかも知れません。
しかし残念ながら、物事はそう簡単ではないのです。
例えばシーンB(反論)とシーンC(罵詈雑言)を削除し、シーンAの橋下さんの発言音声(問い詰め)と、シーンDの今枝さんの表情映像(苦渋)を重ねて放送したらどうでしょう。
あっという間に「橋下さんに問い詰められ、苦しい表情になる今枝さん」の出来上がりです。
そんなバカなと思われるでしょうが、これくらいの編集はあり得ます。バラエティー番組だけでなく報道番組でも、話している内容(音声)と、それを聞いているように見える表情(映像)が、実は全然違う話を聞いてる表情(映像)であることは日常茶飯事です。

VTRはいかようにも編集できてしまう、恐ろしいものです。
インタビュー取材なども、1時間聞いて使うのは1分、なんてことはザラですから、本人の意図に反して本題とかけ離れた部分だけが使われたり、前後関係を無視して刺激的な言動ばかり取り上げられるのも珍しいことではありません。その辺りは、弁護側主張の本当の真意と、放送内容の食い違いで、既にイヤというほど経験されているかと思います。
その上、該当番組はVTRにおいてテロップ・音楽なども頻繁に使っていますから、スタジオ内では流れなかった映像などを差し挟めば、そりゃもう印象からなにから変え放題でしょう。
つまり、実際の放送内容について決め手となるのは「スタジオで何が行われたか」ではなく、「スタジオで起こったどの部分を削除し、どの部分を強調して、何がどう"行われたように見せる"か」という製作側の意図=編集なのです。
自分を褒め称えてくれる番組を望んでいるわけではないにしろ、やはり編集されてしまう録画形式の番組では、「事実と異なる姿」に歪曲されてしまう可能性が大いにあります。少なくとも、技術的にそれは可能です。

また、仮に末端のスタッフが「聞く耳をもった良い人」であっても、上層部の意見と対立する場合、現場の考えが放送に反映されることは、まずほとんどありません。
「たかじん委員会」はスポンサーを設けていない(番組中のCMはスポットのみ)ため、他の番組より一層、視聴率重視の体制にならざるを得ません。取り上げる内容を問わず、事実が確定していないのに断定的な発言が繰り返されたり、「暴言」「罵倒」「差別発言」を多用した刺激的な内容となっているのは、そうした製作システムから来る部分もあると個人的には考えています。つまり数字を取るために、単純化・過剰演出をせざるを得ないということです。
懲戒請求発言そのものに対しても、私は現場レベルでなら「これ流したらヤバイんじゃねーの?」という意見があったと推察しています。しかし、仮にそうした意見があっても、従来の番組方針からして黙殺されたでしょう。もしくは、そうした疑問を持つ人が一人もいない番組である可能性もあります。

といったコトから、個人的には番組出演をお勧めしません。
それでも尚、「わずかでも理解が広がる可能性があるなら出演したい」と仰るなら止めません。
個人的には「理解の広がり」より「誤解の広がり(によるバッシング再激化)」の公算が強いとは思いますが。


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光市事件 情報発信の動き [光市事件]

光市事件:「報道を検証する会」がテレビ局に申し入れ
毎日新聞(2007年9月13日)
学者やジャーナリストでつくる「『光市事件』報道を検証する会」は13日、山口県光市の母子殺害事件を番組で取り上げたNHKや読売テレビなど在京と在阪の計6局に対し「被告の元少年に批判的な立場からの看過できない一方的な決め付けがある」と見解を尋ねる申し入れを行った、と発表した。
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この「『光市事件』報道を検証する会」がどういう団体なのか知りたくて検索したけど、まったく出てこない。どなたか情報をお持ちなら教えてください。

一方、光市事件の弁護団の一員で、橋下弁護士への提訴に踏み切った一人でもある今枝弁護士が動き始めた。
当初は、事件とは無関係の弁護士が個人的に運営しているブログで、コメント欄からの発言だった。
光市母子殺害事件の弁護団の一人、橋下弁護士を提訴した原告の一人、今枝仁弁護士の話(総まとめ)
そして14日、今枝弁護士自信がブログを立ち上げた。
弁護士・人間・今枝仁
これまでも弁護団は公判の度に記者会見を行い、時には文書によって主張を発信してもいるが、メディアの網を通って出てくると、弁護側の意図に反したメッセージに摩り替わっていることがほとんどだった。その情況は今もさほど変わっていない。
最終的な量刑判断や事実認定がどうなるかはともかく、メディアのフィルターを通さずに弁護人自信が情報発信を始めたことの意義は大きい。

それにしても、あの裁判を手がけつつ、たぶん生活のためには他の仕事もしているはずで、それと並行してブログ運営。しかもコメント・トラックバックとも制限せず、炎上覚悟ですべてのコメントを読み、返信も出来る限りすべてに対してするつもりのようだけど、そんな負荷の大きいことをやって大丈夫なのか。
今の司法の元で、刑事弁護士の荷は重くなるばかりに見える。
弁護人が情報公開をすることには限度があるし、本来なら裁判に没頭すべきで、世間やメディアへの説明なんて不要だとの声もある。そんな労力があるなら本来の裁判に全力を注ぐべきだし、また守秘義務等の観点からも、世間に情報発信することが被告人の不利益に繋がりかねないとの批判もあるようだ。
私もある意味では、そう思う。
しかし、裁判員制度が導入されようとしている今、注目されるような事件を手がけてしまった以上は、(それが正しいかはともかく)弁護人が一定程度は世間の理解を得られるような情報発信をし、メディア戦略を持たなければ、被告人の不利益に繋がりかねない。
いや、裁判員制度の導入がなくても、職業裁判官の判決ですらメディアや「世論」に大きな影響を受けている今、既にその事態はやって来ているのではないか。

橋下弁護士の主張するような「説明義務」に法的な根拠は無いし、そうした「説明」を怠ったとしても(今回は怠っていないわけだが)、それが弁護士としての倫理に反すると私は思わない。
だが現実問題として、説明ベタな弁護人では被告人の権利を守りきれない時代になっているのではないか。メディアの情報を鵜呑みにする人が少なからずおり、司法が(偏った報道に影響された)「民意」に大きく左右されるなら、メディア対策は被告人の権利を守るために必要な戦略の一つなのかもしれない。

【追記】2007/09/16 22:45
Because It's Thereさんで紹介されていた記事が興味深かったので孫引き。

----------朝日新聞平成19年9月11日付朝刊33面「Media Times」 より抜粋----------

弁護団も「対策」を講じ始めた。
8月6日、大阪市で開いた弁護団の緊急報告集会では、法医鑑定書や精神鑑定書など普段は公開されない資料を140ページにまとめた資料を配布。弁護士が対象だったが、180人が集まった。
「弁護士バッシングはオウムや和歌山カレー事件など過去にもあったが、マスコミを通じた扇動や懲戒請求ど、今回はこれまでとは様相を異にしている」。弁護団側は冒頭でまずそう訴えた。

東京でも、一般市民が参加できる説明会を開く計画を立てている。裁判の最中に、刑事弁護人が手の内を明かしながら国民に理解を求める集会を開くのは極めて異例だ。

主任弁護人の安田好弘弁護士は、「方針転換」の理由をこう説明する。
 「弁護士の役割は法廷で真実を追求し、社会に還元すること。場外乱闘はせず、法廷に集中するためにマスコミは無視するのが理想。だが、『石を投げよ』とまで言われて、そうはいかなくなった。裁判員制度を前にこのままではまずい、という危機感もある」

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あの(Wikipediaで「マスメディア嫌いで有名」の記述がある)安田弁護士ですら、世間やマスコミへの説明が必要だと感じているのだから、やっぱ背に腹は変えられないってことなのでしょう。
被告人の権利を守るためのメディア対策、という視点で前述しましたが、個別の裁判のみならず、このままでは刑事弁護自体が成り立たない(刑事弁護人の萎縮など)可能性があるし、そうなると司法制度そのものがアレになるわけです。
この裁判に関わっていない多くの弁護士が、弁護士バッシングや懲戒請求について疑問を呈しているのは、単に「同業者だからかばっている」とか「思想的に近いから擁護してる」とか、そういうレベルの話ではない。
このままじゃ、刑事弁護人(とそのサービスを受ける国民)も、司法制度そのもの(と司法によって裁かれる可能性のある国民)もヤベーよって危機感の現われなのだと思います。
説明の「義務」はないけど「必要」は出てきてしまった、というところでしょうか。

ベキ論としては「メディアや世論といった予断が判決に影響してはならない」訳ですが、現状ではまったくもって徹底されていませんし、裁判員制度が始まったらそりゃもーアンタって話ですから。


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橋下徹弁護士のルサンチマン [光市事件]

以前書いた橋下弁護士に関するエントリーへのアクセス数が異常だ。
基本的にこのブログは日に200~300くらいのアクセスで、一件のエントリーに対して閲覧数は40から最大で300程度。しかし、このエントリーに対しては既に閲覧数が1000を超えてる。
自分で書いておいてナンですが、正直、ちょっと嫌だ。そんなに橋下さんに興味がありますか。

そんな訳でこの件にはあまり何度も触れたくないが、乗りかかった船って奴である。
橋下弁護士の公式ブログで、彼がなぜ光市事件の弁護団への懲戒請求が必要だと思うか(懲戒が認められると思うか)を述べているが、メディアから受ける彼の主張内容と、あまりに印象が違って驚きの連続だ。
「今回の弁護団の主張が荒唐無稽であること、あまりにもふざけた内容であること、この点については批判はしません。」
「僕だって「一審・二審」の弁護人として就任したらそのような主張もするだろうし、今回のような差し戻し審の弁護人に就任したなら、まずは被告人の更正可能性を徹底的に主張した上で、きちんと被告人や国民に説明する形をとってからこのような荒唐無稽な矛盾だらけの主張を行うでしょう。」
メディアでは散々、弁護内容自体を批判してきたように思うが、どうやら私の勘違いのようである。
では、実は弁護内容について批判しないらしい橋下弁護士は、何を懲戒事由と考えているのか。
それはひとえに、被害者に対して、国民に対しての説明義務違反だそうである。
弁護士に被害者・国民への説明義務があったとは初耳で、しかもその「説明義務」はこれとかこれとかこれとかこれでは到底補えないほどの説明量&質って事らしい。この事件を含め複数の事件を抱えた状態で、もちろん通常の雑務もこなしながら、言うまでもなく守秘義務を守った上でやるとすれば、大変なことだ。
まぁ、彼のいう「説明不足」とは、時間的・量的な問題ではなく「一般市民に届くようなプレゼンテーションをしていない」って意味だとは思う。ただ、弁護士はメディア向きの人間ばかりじゃないし、それと弁護士としての能力は別だろう。
橋本弁護士の主張内容に対する疑問・反論は、既にいくつかのブログでされているので、ご参照いただきたい。
橋下徹氏の弁護団説明責任論に異議あり
橋下徹弁護士の光市母子殺害事件弁護団緊急報告集会出席報告について
世間の風?

さて彼は、上記のような弁護側の説明不足(プレゼンテーション不足)が、弁護士一般の信頼・品位を下げた事を懲戒事由としている。確かに今回の事件で弁護団への非難が相次いでいる事を考えれば、世間は弁護士一般への信頼を失ったかも知れない。
しかし、それに対して橋下弁護士を含め、メディアに出ている弁護士たちは一度でも抗ったのか。
この事件に限らず最近の事件報道からは、国家権力の存在が忘れ去られている。多くの人が被害者と加害者だけを見て「かわいそう」「酷い」「許せない」と言い続けて、その延長線上で弁護士も批判を受けている。
けれど、弁護士は被害者から加害者を守っているのではなく、極悪人の肩を持っているわけでもなく、国家権力が被告人(とされる国民)の権利・利益を損なわないよう守る存在で、つまり「国家から国民を守る商売」だ。
国家はほうっておけば、自分の都合だけで過剰な制裁を加えたり、不当な弾圧をしかねない。だから、それを監視するために適正手続きによる裁判が必要であり、弁護士が必要なのだ。
そのことを、あれだけ多くのコメンテーター弁護士がいながら、一人としてして説明して来なかった。
その情況で弁護士批判が起きるのは当然だし、弁護士への信頼が落ちるのも当前。
私には、橋下弁護士のようなコメンテータ弁護士たちが、(弁護内容を支持するかはともかくとして)こうした「そもそもなぜ弁護士が必要なのか」を説明してこなかったことこそが、弁護団批判に繋がり、もしくはそれを煽り、弁護士一般の信頼を落としたように見える。

と、論理的にはいろいろ反論できるものの、それがどれほど意味を持つのか疑問でもある。
弁護団とそれを援護する弁護士たちへの批判として、橋下弁護士が繰り返し「世間の空気に触れていない」ことを論拠にするのを見ていると、実は彼の弁護団批判は論理的な問題ではなく、心理的なルサンチマンが根源にあるのではないかと思うからだ。
橋下弁護士はおそらく、格好や言葉遣いだけで批判されたり、理不尽な扱いを受けた経験が多々あるだろう。一方で、たいした能力も真剣さも感じられない弁護士が、身なりがきちんとしてるとか、経験が上というだけで優遇される場面も、繰り返し見ていると思う。実力ではなく態度や見た目だけで判断されてしまうのは、どんな世界でもよくある理不尽だ。
その事への憤りや恨みつらみが、今の弁護団批判へ転化してはいないか。
「俺はこんなに苦労したけど、お前らは違う。いつもバカにしやがって。本当は俺のほうが偉いんだ」と、結局本心から言いたいのはそういう事ではないのか。
彼にとっては、茶髪でシモネタを言う「型破りで異端児」の自分は苦労してきた(ゆえに正しい)弁護士で、型を破れない(黒髪でシモネタも言わず、人権とか主張する)弁護士はすべて「法律オタクのお坊ちゃん弁護士」と見えているのだろう。
つまりこれは、(橋下弁護士の主観としては)見た目だけで迫害されてきた「実力ある型破りなオレ」の、「良い子ぶって現実を知らない法律オタク」への復讐劇であり、下克上なのだろうと思う。

まぁ、気持ち的には分かるよ。
気持ちが分かるからこそ、今回の「型破り弁護士(橋下)の大物弁護士(弁護団)への下克上」は、彼の嫉妬とコンプレックスを見せ付けられるようで、痛々しく、何よりカッコ悪い。
そして、それが酷く筋違いな復讐である事は、言うまでも無い。

<関連>
【動画】橋下徹弁護士、光市・母子殺害事件の弁護団に怒る!


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橋下徹は「良き弁護士」なのか [光市事件]

おそらくはオウム以降、弁護士や元検察・警察といった人が、コメンテーターとして多く登場するようになった。彼らは捜査の専門家として、もしくは法律の専門家として、事件報道や裁判報道には特に欠かせない存在となっている。
そんな中、今や子どもの誕生までニュースになるほど有名なのが、橋下徹弁護士だ。
最近では、バラエティー番組で光市事件の弁護団に激しい批判を行い「誰でも簡単に懲戒請求が出来ます、21人の弁護士に対して懲戒請求を立ててもらいたい!」と呼びかけた人物でもある。
この呼びかけが発端となって、ネットを中心に懲戒請求を出す運動が広がり、実際に1000通を超える懲戒請求が届く事態になった。後日、実は適切な理由無く懲戒請求を出せば、出した側にもリスクがあることが判明し、現在はかなり下火になっていると思う。

さて、私は法律に関してまったくもって素人なわけだけど、とりあえず断言できるのは「自分だったらこの人に弁護を依頼しない」ということだ。
別に茶髪が悪いとか、体育会系が嫌いとか、シモネタを話すのが不謹慎とか、そういった理由ではない。特に茶髪・シモネタに関しては私も人の事を言えないからな。
じゃあ、なぜ頼まないかと言えば、この人には依頼者を守る気が無いからだ。
光市事件の弁護団に対して、例えば法廷戦術や論理構成において「それじゃ被告人の利益を守れないから弁護士としてダメ」という批判をするなら分かる。でも、彼の批判は、いや彼に限らず、多くのコメンテーター弁護士が光市事件の弁護団に向けている批判は、そうじゃないのだ。「無意味な弁護で裁判を長引かせ、被害者を傷つけるとは何事だ」と、いつもそんな感じだ。
つまり「被害者を傷つけてまで弁護するとは何事だ」と言ってるわけで、それって「なにがあろうと被告人の権利・利益を守る」という弁護士の基本中の基本を否定する事じゃないか。それを弁護士が言ってるって事にこそ司法の崩壊を感じざるを得ない。

おそらく多くの人が、この事件については「被害者の気持ちになって」見ていると思う。
だから、橋下弁護士を始め多くの弁護士が批判している内容について「遺族の気持ちを思えばもっとも」に聞こえるだろうし、「建前に縛られた法律論じゃなく、人間味のある柔軟な弁護士」のように見えるのだろう。
でも、ちょっと待って欲しい。
例えばあなたが、冤罪に巻き込まれたとしよう。もしくは人生いろいろあって、なにか犯罪を犯した。そして逮捕された。取調べの中で何度も脅され、かなり事実と違う「自白」をしてしまった。
早急に弁護士が必要だと考えたあなたは、幸いにして、かの有名な橋下弁護士を選任した。
初めての接見で橋下弁護士の顔を見たとき「あぁ、もうこれで丈夫だ」と、心から安堵する。
そして、自白調書に誤りがあること、検察の主張が間違っている事を伝え、なんとか助けてくださいと懇願する。すると言われるんだ。
「そんなことしたら、被害者が傷つくじゃないですか」
一瞬にして、目の前は真っ暗である。

だって、そういう話だろう。私にはそうとしか思えないよ。
この人がなんで「行列の出来る」弁護士なのか、まったく理解できないのはそういう理由だ。
まぁ、実際には橋下弁護士を始め、多くのコメンテーター弁護士は実は民事が専門であって、だからこんな事は起こりえないのだけど。それ以前に、あれだけテレビに出てれば、忙しくて弁護活動する暇なんて無さそうだしな。
私はこの「刑事裁判を云々している弁護士が、実は民事専門」という点に関しても疑問だ。
確かに弁護士である以上、刑事事件を担当しなくとも、刑事裁判の規則は知っているだろう。ただ、実務的な運用・弁護戦略についてどれほど知っているのかが問題で、一般的な刑事弁護というのが(建前の規則はともあれ)どのように戦われているか、被告人の利益を守るために(時には規則をかいくぐって)どのように弁護活動をするものなのか、実態を知らないのに「弁護士として非常識」とか言ってるなら、それもまたどうかと思うわけだ。

続編「橋下徹弁護士のルサンチマン」

<関連>
弁護士に対する懲戒請求と不法行為の成否~“母子殺害で懲戒請求数百件”との報道を聞いて
弁護士に対する懲戒請求に関して
で、徹くんはどうなの?


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事件の詳細にこだわる意味 [光市事件]

私が中学生のとき、近くの学校で体罰事件が起きた。男性教師が女子生徒を指導中に殴り、歯を折るなどの被害があったのだ。
そのとき聞いて驚いたのは「教諭が平手で殴ったか、コブシで殴ったかが問題になっている」ということだった。教師は、押し問答する中でたまたま手が当たったのであって、故意に殴ったのではないと主張していた。つまり傷害ではなく、過失だと。
そこで、被害者側は「コブシだから、殴る意図があった」と言い、加害者側は「平手が、たまたま当たっただけだ」と主張した。なるほど、確かに「たまたま当たった」なら、コブシであるはずが無い。
コブシか平手かなんて、素人からすればどっちも同じじゃないかと思うが、そのことが傷害なのか過失なのかを分けるらしい。そうやって、物理的には見えない「意思(故意の有無)」を、物理的な証拠から判断していくのが裁判なのだなぁ、と思った。

光市事件の差し戻し審で、二回目の審理が終わった。今回は法医学と精神病理学の立場から、検察側(被害者側ではない)の主張に反論するのが、主な弁護内容のようだ。
著名な法医学者二人が、そろって弁護側の主張を支持した(厳密に言えば、検察側の主張と遺体の情況が食い違うことを指摘した)ことに対して、私は、たぶんマスコミはほとんど扱わないだろうと思っていた。物理的な証拠に関してまで「弁護士のデッチアゲだ!」と言うには、さすがに無理があるからだ。
しかし、テレビを見るとそこそこ報道されている。法医学者の鑑定に対しても、特に批判していない。
だが、今度は「検察側の主張と遺体情況が違っていようが、だからって殺意が無いとは言えない。遺体の情況がどうだろうが関係ない」とマスコミは言い出している。それって、物証に基づく刑事裁判自体の否定なのでは。
もちろん、今回の主張が、本当に殺意を否定するほどの食い違いなのかは議論があるだろう。
しかし、冒頭の話に戻れば、「平手かコブシか」だけでも、故意があったか無かったかが左右されるのだ。順手だったか逆手だったか、両手だったか片手だったかが殺意の有無に関わる可能性は、充分にあると個人的には思う。
少なくとも、「検討する価値も無い些細なこと」では、決して無いはずだ。

私を含め多くの市民は、裁判を傍聴しているわけでも、裁判資料を読んでいるわけでもない。仮にそういった情報を手にしたところで、それがどういう意味を持ち、どう判断するのが司法として一般的で正しいことなのかも知らない。
だから、とかくこのような些細と思える部分に対しては「だから何?それが?」と思いがちだ。
しかし、そのような些細な事実の積み重ねによって実際の事件は起こり、些細な部分の積み重ねによって事件全体が見えてくる。いや、その中でしか事件の全容など見えてこない。
「被害者がかわいそうなんだから、事実なんてどうでも良い」と言い出してしまっては、それはもはや裁判ですらない、ただの憂さ晴らしだ。


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藤井誠二×安田好弘×メディアに見る、出会いの問題 [光市事件]

藤井誠二は主に教育問題・少年犯罪を中心に取材してきたルポライターである。10代の頃に読んだ宮台真司との共著「学校的日常を生きぬけ - 死なず殺さず殺されず」は、当時、不登校で半引きこもりだった私にとって絶大なる「救いの書」であった。それ以来、特に教育問題の点では藤井誠二にずっと好感を持ってきた。
だから今、彼が力を入れている「厳罰化推進」の論調には複雑な気持ちだ。
被害者の声を最重要視するような「現場主義」に対して、ルポライターである彼自身も当初は疑問を持っていた。しかし、多くの犯罪被害者(特に少年犯罪被害者)遺族と接し、法制度によってまったく救われない遺族と寄り添う中で、厳罰化が必要であるとの認識に変わって行ったという。特に光市事件の被害者遺族である本村さんとは長年に渡って付き合いがあり、今回の裁判についても、弁護側の主張や、弁護団の人間性について自信のブログで繰り返し批判している。
一方、安田好弘は光市事件の弁護人である。多数の脅迫状と懲戒請求の的になっている張本人だ。彼は当初、学生運動時代の反省を踏まえて、政治的な活動に参加しないことを自身への戒めとして決めていた。しかし、弁護士として多数の被告(特に死刑事件の被告)と出会い、死刑制度の残虐さや矛盾を目の当たりにし、時には死刑になった加害者の遺体を家族とともに引き取る中で、いち弁護士としてだけではなく、死刑廃止運動家としての活動を始める。

人を左右するのは出会いである。
知らない人については好き嫌いを言いようもないし、正しいか否かを判断しようも無い。逆に知り合えば、それが被害者であれ加害者であれ、その人間性に触れることで否が応でも情が移るし、それぞれの立場から、現行制度の不備や矛盾を痛感する。
死刑廃止論者だった弁護士が、自身の家族が犯罪被害を受けたことを契機に、死刑存置論者に変わった例がある。これを見て厳罰化論者の人たちは「死刑廃止なんてキレイ事で、実際の事件と出会えば厳罰化が正しいと分かることの証拠だ」というが、私はそうは思わない。
問題は出会いだ。刑事事件の弁護士は、その職業的な立場から、加害者を憎んでいる被害者やその遺族と深く関わることは、ほとんど無い。一方で加害者とされる被告とは、これも職業的な立場から、これ以上ないほど深いかかわりを日々持つことになる。加害者を憎む被害者と出会わない弁護士が、司法の立場から厳罰に疑問を呈するのは「正しい要求」であるし、一方で加害者を憎む被害者と出合った人たちが、その立場から厳罰化を求めるのも「正しい要求」である。
厳罰化要求も死刑廃止要求も、それぞれの立場からすれば、当然の、正当性のある要求である。
そのようにして、人は「出会い」を超えられない。

だが私たちはたいていの場合、重大犯罪の被害者とも加害者とも、出会わない。もちろん観念的には、社会に生きるだれもが被害者になる可能性も加害者になる可能性も秘めているが、現実生活としては、当事者になることも、当事者と知り合いになることも、かなりの確立で、起こらない。
それでも私たちは、日々起きる事件について判断し、あれこれと意見を言い、時にはそれが現実の社会を突き動かす。
では、私たちはどうやって「事件」に「出会って」いるのか?
言うまでも無く、メディアを通してである。
メディアを通して事件の概要を知り、被害者や加害者の人間性を把握し、判断し、あれこれと意見を言う。もしも被害者・加害者側から均等に情報が入ってくれば、第三者である「世間」は「いずれも悲惨で、それぞれにある程度正しい」両者の前で板ばさみになり、悩み、苦しみぬくしかないはずだ。事件報道を見るのは、それが単純に悲惨だからというだけではなく、両者のいずれにも異なる悲惨さがあることを知り、ひどく辛い作業になるだろう。

しかし、現実にはどうだろうか。
光市事件の報道で、大手メディアの流す情報はひどく偏っている。被害者遺族が絶対的な正義として反論を許されない存在になり、弁護側が何を言っても、その主張は「荒唐無稽」との前提でしか伝えられない。そして、遺体の状況と検察側の主張が異なっているといった物理的な疑問は、ほぼ、報道されない。「弁護団は裁判を死刑廃止運動に利用している」との見方も、本村さんがそう感じていると発言しただけで、なんの検証もなされないまま「前提」になっている。
そんな中で、弁護側への脅迫が相次ぎ、1000件を超える懲戒請求が届く。事件の報道を目にする人々は、被害者遺族とともに涙し、加害者とその弁護団への怒りを爆発させることで、場合によっては日常生活の鬱屈までもを解消する「ストレス発散」の場として利用している。
そのほうが気持ち良いだろうし、メディア側にしてみれば収益に繋がるだろう。
しかし、繰り返すが、正当性はどちらにもあるし、悲惨さは被害者にも死刑囚にもあるのだ。私たちは「両者の板ばさみになる」過程を経てようやく、第三者として、そこそこ正しい意見や判断をもつことが出来るのではないか。
今のメディアは、私たちの「出会い」を補完しているとは、到底、言いがたい。

<参考書籍>
【学校的日常を生きぬけ - 死なず殺さず殺されず 】
http://www.bk1.jp/product/01564342
【殺された側の論理 - 犯罪被害者遺族が望む「罰」と「権利」 】
http://www.bk1.jp/product/02749077
【「生きる」という権利 - 麻原彰晃主任弁護人の手記 】
http://www.bk1.jp/product/02584329
<関連ブログ>
【光市母子殺人事件のマスコミ報道】
http://t-m-lawyer.cocolog-nifty.com/blog/2007/06/post_4929.html
【週刊誌とワイドショーのインチキ報道に騙されるな】
http://ruhiginoue.exblog.jp/tb/5732553


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