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「アベ批判」という自民党の延命装置 [選挙]

<お知らせ>
8月5日更新の「罪を犯して、自殺する人々」に関連ニュースを追加しました。

<本題>
選挙結果を受けて、アベ首相への批判が加速度的に高まった。自民党に反対する野党や、自民党にNOを突きつけた国民ばかりか、ずいぶん首相と自民党をかばってきたように見えるようなマスメディアまで、今じゃ「アベやめろ!」コールだ。
まぁ私自身も、選挙ネタの第一弾である「一人じゃないと喋れない、アベシンゾー」 で首相個人をずいぶん批判したし、これだけ選挙で大負けしたのだから「民意」からしても辞めて当然とは思う。

安部首相に対して批判的な気持ちは、今も変わりない。しかし、特に昨今、自民党内からの首相批判を見るにつけ、どうしても思い出すのは小泉選挙だ。
あの時も、「抵抗勢力」とやらが出現し、自民党内が分裂している、良い自民党議員と悪い自民党議員がいる、という事が大いに宣伝され、それゆえに自民党が大勝した。自民党がダメだと思うからこそ、「自民党をぶっ壊す!」と宣言した自民党が勝つ、という意味不明の事態が起こった。
確かに自民党は現にぶっ壊れたので、あの公約(?)はウソじゃなかったんだけど。

私には今の動きも、そのときの「内部分裂」と同じように見えてならない。アベという悪い自民党議員(しかも総裁で首相)がいて、それを下ろそうとする良い自民党議員がいる。だから自民党も捨てたモンじゃない!ってことなのか。
もちろん、自民党内で安部首相を批判している人々は、本気で「コイツじゃまずい」と思っているだろうし、本気で怒ってもいるだろう。ポーズとして分裂を演じているワケではないと思う。
でも結果として、同じ効果を生み出す可能性はある。舛添要一が首相を批判したり、石破茂がキレてみたりするのは自由だが、じゃあ、あんたらはどんだけマトモな事やってきたんだって話だよ。
アベを批判しただけで彼らへの支持が集まり、例えばそうした人々を入閣させることが内閣の修復に繋がるのなら、それって結局「自民党がダメだからこそ自民党議員」という、小泉選挙と同じ構造じゃないか。

選挙の敗因は首相(と首相が任命した大臣たち)だけなのか。問題は首相だけなのか。自民党のダメさ加減は、首相個人に限定されるようなレベルのものなのか。
アベ個人批判に乗った自分への反省も込めて、今こそ「自民党にNOを突きつけたいなら、アベ叩きに乗せられてる場合じゃない」と思う。

<関連>
舛添氏が首相の続投批判、「自民党はショック死状態」とも
自民総務会で首相続投に注文相次ぐ
石破茂が渡辺喜美大臣にブチ切れ! - 報道ステーション


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尾辻かな子が落選したワケ [選挙]

前回のエントリーを書いて、尾辻かな子が落選した理由が分かったように思う。
あれほど話題になり、メディアでも大きく取り上げられたのに、何故なのかと納得いかなかった。
この事は単に「結局セクシャルマイノリティが少数派だから」ということを意味しない。約30人に一人は同性愛者がいると言われているから、選挙権のある同性愛者が全員尾辻かな子に投票していれば、どう考えたって当選しないはずが無いのだ。
ましてや民主党がこれだけ大勝した中、非当事者からの支持もあって当たり前で、それを加味すれば更に票を得ていたに違いない。
しかし、現実には落選した。何故なのか。

同性愛者であっても、政治的な考えは様々である。自民党が好きな人もいれば、創価学会員もいれば、社民党の党員もいれば、共産党支持者もいる。
とは言え、繰り返しになるが、民主党自体は今回の選挙で大勝したのだ。民主党を支持した中にもセクシャルマイノリティがいるハズで、いくら政治的な考えが様々であるとは言え、全体的に民主党の支持者は多かったのだから、じゃあ何で落ちたんだと振り出しに戻ってしまう。
ひとつには、セクシャルマイノリティ自身が、セクシャルマイノリティへの差別問題を、必ずしも政治課題として認識できていない事があるかも知れない。確かに私は苦しいけど、それと政治に何の関係があんの?という、政治と実生活が繋がっていると思えない感覚は、セクシャルマイノリティに限らず広がっている。
更に重要だと思うのは、前回も述べた「当事者間の分断」である。私には、これが今回の選挙結果に大きく作用したように思えてならない。

話題になった尾辻かな子の結婚式に対して、一部のレズビアンから厳しい批判があった。「普段はスカートも履かないのに、どうしてウェディングドレスを来て、異性愛者のように結婚式を挙げるんだ」「それじゃ結局、異性愛者が作り上げた"女らしくして結婚するのが幸せ"って価値観の延長だ」といったものだ。
その指摘はもっともであるし、私もあの結婚式には嬉しさと同時に違和感も持った。
けれど、それでも、それでもだ。日本に一人もいないレズビアン国会議員が、生まれるかも知れない。そのことに単純に賛成し、一票を投じる事が出来ないのは何故なのか。
以前なら、いわゆる弱者の当事者の中から、その一人が代表として名乗り出て「私たちへの差別を無くすために戦う!」と宣言する事は、ほとんどの当事者から無条件に歓迎された。
しかし、今は違うのだ。セクシャルマイノリティと一言で言っても、そのあり方、社会的な地位、考え方は様々だ。社会が多様化するに連れ、あらゆる少数者・弱者も、多様になってきている。そうした時代の中で、「代表者」として名乗り出た人間に他の当事者が向けるのは「なんで、あんたが代表だって言えるわけ? その資格あるわけ?」という冷静な視線である。

これは尾辻かな子に能力が無いわけでも、セクシャルマイノリティが冷酷なわけでもない。
私たちの社会は既に複雑化しており、ただ当事者だから、というだけでは共通項にならない。
けれど、当事者が多様化し多層化する中で、では世間は多様性を認めるようになってきているかといえば逆である。弱者の多様性ゆえに団結が難しくなり、大きな運動にならず、結局は多様性が更に排除されていく。
当事者運動がひどく難しい時代の中で、「多様性が広がっているからこそ、多様性が排斥される」という矛盾に、解決策はあるのだろうか。

<関連>
北原みのり「尾辻かな子さん」


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タレント議員という名の集票装置 [選挙]

今回の選挙でも、いわゆる「タレント候補」の活躍が目覚しかった。特に党としての支持をほとんど得られなかった自民党では、比例での当選者は有名人のオンパレードだ。
丸山和也(弁護士)、佐藤正久(元イラク駐留一等陸佐)、義家弘介(ヤンキー先生)、橋本聖子(元スケート選手)。中山恭子(首相補佐官)も入れれば、なんと比例で当選した14名のうち、5人が著名人。舛添要一(国際政治学者)も入れれば6人だ。実に2人~3人に一人の割合な訳で、本当に異常である。
民主党でも横峯良郎が当選し、東京選挙区では最後の最後に滑り込んだのが丸川珠代。
これ、なんのバラエティー番組だよ。

日本の民度に絶望したくなるものの、絶望しても意味は無いので話を進める。
これほどまでに、特に比例でタレント候補が多いのは、よく知られているように比例代表制における票の横流しが可能だからだ。一人の有名人が2人3人分の票を取り、その余り票を別の候補に横流しして、本来なら落選するような獲得票の人を当選させる事が出来る。
日本は政策よりも人柄や知名度で投票する傾向が強く、だからタレント候補も生まれるし、演説カーも名前の連呼を繰り返すし、候補者が泣いて見せたり土下座して見せたりするわけだ。まぁ、政策は難しくてよく分からないし、分かったところで裏切られる可能性がある(現に裏切られてきた)から、そういった無関心や不信感も根底にあるのだと思う。
余りが出るほどの票をタレントが獲得できてしまう風土も問題ではあるけど、その風土をまさに悪用しているのが今の比例代表制だ。

いわゆるタレント議員は昔から存在するものの、大橋巨泉、田嶋陽子、大仁田厚などなど、政治や政党に失望して辞めていく議員も多い。また残っているからといって、どれだけ業績を残しているか怪しい。
だが、そんな事は問題ではない。彼らの一番の仕事は、少なくとも党の求めている役目は、国会や各種委員会で活躍する事ではなく、選挙応援なのである。
ドキュメンタリー映画「選挙」でも、その実態が如実に現れる。映画を見ていない人のために解説すると、これはコイズミ郵政改革選挙において、一般の市民(切手コイン商の男性)がひょんなことから地方選に立候補し、当選するまでを追ったドキュメンタリー映画だ。
この映画の中で、何度か大規模な街頭演説の様子が映し出される。応援に駆けつけるのは、あの当時は一番の有名人であった首相、そして橋本聖子、荻原健司といったタレント議員である。
つまり彼らは、まず選挙の段階で票の横流しを可能にする集票装置としての役割を果たし、その後は各種の選挙で、応援に顔を出すことで集客・集票装置としての役割を果たす。現状では、それこそがタレント議員の「本職」なのだ。

安部政権に大きなNoを突きつけた今回の選挙戦でも、タレント議員には絶大なYesが集まった。
その事も含めて、今回の選挙結果を大歓迎とは思えない。

<参考>
映画「選挙」


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日本の二大政党制はオッケーか [選挙]

選挙も終わり、予想通り民主党の大勝となった。
会期も延長されたし、8時前に締め切る投票所も増えたのに、投票率も前回より高かった。保守王国、島根でも国民新党の亀井明子が当選し、その影響もあってか青木議員が参院議員会長を辞任することにもなった。
もはや自民党が何をしても無駄な選挙だったと言えるのかも知れない。

さて、民主党がめでたく大勝したところで、早めに民主党への、というより二大政党制への苦言を呈しておこう。
前回の「今のうち、民主党に言っておくこと 」を読まれた方から頂いたコメントによれば、私が自民党(アベ政権)応援のために民主党を批判していると思われてしまったようだ。同じ文章で小泉も批判しているわけで、その辺が矛盾してると思われなかったのかは謎だが、まぁ、確かに初めてこのブログを読んでくださった方には、誤解を与える面があったかも知れない。
というわけで、今回は前提を先に言っておく。
私は民主党(野党)が自民党(与党)に勝つことを問題にしているのではなく、野党の中で民主党だけが勝つ事を問題にしているのだ。
前回も述べたように、民主党の政策は自民党と大差がない。
例えば
◆憲法改正:改正案に自民党と差異はあるが、改憲手続きを整備する事は賛成
◆集団的自衛権:自民党と同じく容認を検討
◆原発:自民党と同じく推進
◆企業・団体献金:自民党と同じく賛成
あらかじめ言っておくと、これは自民・民主が一致している、もしくは大差ない内容だけを意図的に集めている。他の面では判断がまったく違う部分もあるので、これをして「同じじゃないか」と言うのは、ある意味で公正ではないだろう。
しかし、大差のない項目がコレ(憲法・軍事・原発・金)だからこそ問題だとも思うわけだ。
もちろん、政治に変化が必要だからといって、常に正反対にいる必要は無い。とは言え、こうした重要項目で同じ所を見ている政党二つだけの「二大政党制」に私は不安を感じざるを得ない。

なにしろ、大躍進したのは野党全体ではなく民主党だけで、社民・共産とも議席を減らした。大躍進した民主党の中でも、横峯良郎(さくらパパ)は一番に当確が出たけど、日本初のレズビアン国会議員を期待された尾辻かな子は落選。
与党が退廃した事は望ましいと思いつつ、結局のところ、少数派が更に追い詰められた選挙結果のようにも思う。日本は本当に、このまま二大政党に集約されて行って大丈夫なのだろうか。
二大政党制って結局は、少数派の声が切り捨てられ、多数派の人々だけが政治を握る社会ではないのか。今の自民・民主体制の中では特にそう思わずにいられない。

それで思い出したのは外山恒一(元・東京都知事選候補)の政見放送だ。
「多数決で決めれば、多数派が勝つに決まってるじゃないか!」
「少数派の諸君、多数派を説得する事など出来ない! 奴ら多数派は、我々少数派の声に耳を傾ける事はない!」
イカレタ彼の言葉の数々が、選挙を終えた私の胸に突き刺さる。
今回の選挙での民主党大勝が、この言葉を覆したとは、とても思えない。
とても複雑な気持ちで、今回の選挙結果を眺める自分がいる。

<関連>
ムルダヴァのように「怒りのサンプロ」
二大政党制ってどうなのよ
外山恒一 政見放送


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投票日でした [選挙]

14時頃、ウォーキングついでに投票。
今日はたまたま、以前のエントリーに書いた在日3世の友人と連絡を取った。その友人は戸籍上は女性なのだけど、まぁいろいろあって胸を取る手術をしたらしい。
在日で性同一性障害。私に負けず劣らずダブルマイノリティだ。
戸籍の性別も変更したいと思っているが、そのためには下の手術も必要で、だけど今は埼玉医大でSRS(いわゆる性転換)手術を停止しているから国外に出ないと難しいらしい。でも外国語はしゃべれないし、お金もないしと大変なようだ。
一人の医師が定年退職しただけで、国内ではSRSを受けられる病院が無くなっているのが日本の現状。性的マイノリティへの支援として、SRSを受けられる環境整備も国は手助けするべきではないのか。などなど考える。
で、そんな彼はやっぱり選挙権がない。

もうすぐ投票箱のフタが閉まる。いや、既に3割の投票所では閉まっているのだけど。
古館も島田紳助も好きじゃないし、自民党議員の家族(石原良純)を番組に使うフジテレビはどうかと思うので、選挙特番は見るとすればTBSかNHK。ていうか、今観たら、フジテレビの選挙特番はコメンテーターが三宅久之に櫻井よしこって、どこまでミギですか。
こちらでは7時過ぎから急に暗雲が垂れ込め、今は雨と雷。
これは何かの予兆なのか?


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投票に行かないあなたへ [選挙]

政治不信といわれて久しい。
確かに、与党も野党も、逮捕されてみたり、スキャンダルを報じられてみたり、公約を破ってみたりと、表で声高に言う「理路整然としたキレイ事」とはかけ離れた実態が浮かび上がる事は多い。
そんな中で「いったい何を信じたらええねん!?」と誰でも思うだろうし、それが飛躍して「政治家は表じゃキレイ事を言ってるけど、裏じゃみんな悪い事やってるんだ」と政治不信になり、その不信感から「政治家も政党も、どれを選んでも同じ(だから投票に行かない)」という選択に行き着くことは、当然と言えば当然かもしれない。
政治家も、そしてメディアも、国民をそうさせてしまったことへの責任は大きい。

しかし、本当に「何も変わらない」だろうか。
なぜ、非正規雇用がこんなに増えたのか。市民税が上がったのか。北朝鮮との外交でアメリカに置いてきぼりを食っているのか。障害者自立支援法が成立したのか。環境問題が良い方向に進まないのか。医療費が上がったのか。安全な食品を食べることが難しいのか。年金記録が消えたのか。原発で事故隠しが起きるのか。天下りがなくならないのか。少子高齢化が止まらないのか。
与党がそれで良いと思っているからだ。
与党が強行採決を出来るからだ。

私たちの生活は、政治の選択によって悪くなり続けている。
そんな「悪い奴ら」が、なぜ過半数を超える数、政治家になれてしまったのか。

選挙で選ばれたからだ。

明日は天気も良いらしいし、そりゃレジャーも海も山も遊園地も水族館も素晴らしいが、投票なんてたかが数分の事だ。あなたの休日を妨げるほどの事じゃない。でも、その数分の事が、これからの何年かを決定付ける。

例えば給料を増やしたいなら、税金が高すぎると思うなら、外交を変えて欲しいなら、障害者に生きる権利があると思うなら、環境問題を解決したいなら、医療費を下げたいなら、安全な食品を食べたいなら、年金をちゃんともらいたいなら、原発を怖いと思うなら、天下りフザケンナと思うなら、少子化も高齢化も嫌だと思うなら、そして何より、不幸になりたくないのなら
明日は投票に行ってみませんか?


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今のうち、民主党に言っておくこと [選挙]

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【追記】2007/07/30
後日エントリーした「日本の二大政党制はオッケーか」と合わせてお読みください。
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さて、選挙戦も残すところわずかだ。
本当は選挙中にもっと選挙ネタを書きたかったのだけど、地震があったりして先送りしてたら、いつの間にか投票日は間近である。
事前の予想では、もっぱら「民主優勢!」「与党、過半数割れか!?」が熱い論議になっている。
実際に投票箱を開けてみるまで、民主党がどれほど勝つのか、または意外と勝てないのか分からないが、おそらく大勝するらしい民主党に、言っておきたい事がある。(関白宣言?)

みんなは君を支持してるんじゃなくて、与党を倒したいだけだよ。

だって、そうじゃないか。「民主党の政策がすごく良いから、民主党に入れるわ!」って人、あんまり聞いた事が無い。
ていうか政策的には、ぶっちゃけ自民党と民主党じゃ大差ない。民主党の長妻議員も、テレビ番組で「うちは社会主義国家にしようなんて考えてる政党とは違いますから、根本的には自民党と同じなんです。どちらの方法がより良いかで判断して欲しい」と言ってるわけで。あんた社民党と選挙協力しといてその批判は大丈夫なんですか、と心配になったりするわけで。
結局のところ、二大政党制と言っても、ようは巨大な新自由主義政党が二つあるだけなのだ。
それに行き着くための方法論や、どの程度格差を拡大してもオッケーか、といった程度に違いがあるにせよ、根本的な基本理念は同じ。確かに二つの大政党ではあるけど、アメリカのように大政党同士が対立しているわけではない。
民主党に投票するであろう多くの人は、社民・共産に入れるのはアレルギーがあるけど、だかってこのままじゃヤバイ。民主党の事はよく分かんないけど、とりあえず政権変わった方が良いことありそうじゃん?的な判断じゃないんですか。
民主党が政権を取ったところで、多くの国民としては「(自公)よりマシ政権」でしかない。

とは言え、与党になったらやりたい放題だ。
小泉が「郵政民営化だけで判断しろ」と選挙をしておきながら、いざ大勝したら「支持されたから、アレもコレもソレもやるよ~。だって国民に選ばれたんだもん」と、郵政民営化以外のことも軒並み強行して見せたのと同じことが、また起こるんじゃないか。
もちろん、民主党だけで与党を形成できないから、社民党や、場合によっては共産党と連立ってこともあり得るかも知れず、そこでのブレーキ具合は強いだろう。自民党に対して、ブレーキどころかアクセルをガンガン踏ませてきた公明党との連立とは意味が違う。

とは言え、議員にとって「支持されて当選しているんだから」というのは最大の大義名分だ。それを理由になんだって出来る。というか、やってしまう。
だから、早いうちから民主党に言っておく必要がある。

君が手にしてるのは、民主Yes!じゃなく、自公No!の票なんだよ

そのことを、決して忘れないで欲しい。

続編「日本の二大政党制はオッケーか」


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利用される選挙権 [選挙]

「選挙権のない人々」に続いて、今回も選挙権について考えたい。
どの国でもそうだと思うが、かつて選挙権をはじめとする参政権は、ごく一部の人だけに限られた権利だった。日本も戦後まで、女性には選挙権が無かった。それが今のような「20歳以上の男女」と拡大されてきたことについて、鈴木邦男さん(新右翼団体「一水会」顧問)が、とても意外で面白い文章を書いていた。

「投票と民主主義と私」より引用
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でも、戦後、婦人参政権は、すんなりと認められた。「これで保守派の票が増える」と思ったからだ。つまり、「女は夫の言う通りに投票する」と時の政府は思った。だから、「我々の票が二倍になる」と踏んだ。女性は20才頃には結婚するものだと思われてたから、大部分は「妻の票」だ。
 「アメリカさんも粋なことをしてくれる」と喜んだのだ。20才になってまだ結婚してない娘もいる。でも、それは父親の言う通りに投票するだろう。そう思われていた。夫の意志に逆らい、父親の意志に逆らう日本女性などいるはずがない。そう思われたのだ。こうした従順な女性が「大和撫子(やまとなでしこ)」だと思われた。女性もなめられたものだ。
 そして今回の「国民投票法案」。どうも18才以上に投票権を与えるらしい。これだって、「若者は保守的だ」「右傾化している」という前提があってのことだ。若者の票がドット、政権党に入ってくる。いいじやん。という読みだ。そのうち、普通の選挙も「18才以上」にするだろう。その布石ですよ。
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うーん、面白い。表向きは女性や若者の権利が拡大されているようでいて、実は政府が都合よく利用するつもりで選挙権を拡大しているというのだ。
これに対して「女性や若者が自分の権利を主張した成果だ」との反論もあるだろうが、少なくとも今回の「国民投票法」に関して、国を突き動かすほどの「私たちにも投票させろ!」という要求が若者からあったとは、私は把握していない。ましてや、強行採決が相次いだ前国会において、そのような「正しい順序」で投票権が拡大されたとは、到底思えない。
確かにこのようにして、選挙権は政府にとって都合よく使われてきた側面もあるのだろう。
とは言え、政府が利用するつもりだったことと、実際に利用されてしまうことは違う。なめられているが故に得た選挙権を、自分をなめていた政府への逆襲に利用することは可能である。政府が若者のウケーカを当てにして国民投票に10代を参加させるつもりなら、10代の人々はウケーカしている場合ではない。それじゃ、なめられっぱなしになってしまう。
しかし、もし仮に若者が政府の狙い通り投票したら、年長世代はそれを見て「まったく、今の若い奴はバカだな」などと思っていられるだろうか。今時、男の指示通り投票する女性はまずいないと思うが、「会社の言う通り」とか「組合の言う通り」「地元の有力者が言うとおり」投票する人は、地方ではまだまだ多い。他人事ではないはずだ。

私の住む島根県は、いつも投票率が全国トップだ。
ええ、もちろん、「市民の自主的な選択」による「自主的な判断に基づく投票」ですよ。
だから自民党が圧勝なわけで。ハコモノも原発も作るわけで。福祉はどんどん切り捨てるわけで。

えーと・・・・
島根県の方々、なめられたままで良いんですか?

<関連>
一応、選挙権に関係するニュースということで丸川珠代氏、選挙権なし…NYから帰国後3年、転入届未提出


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選挙権の無い人々 [選挙]

選挙5日目。時たま宣伝カーを見かける中で、不意に思い出したことがある。
10年近く前、在日コリアン(3世)の友人が自分のサイトで、日本に生まれ育ったのに選挙権をもてない自分と、「日本人」でありながら政治への無関心ゆえに投票しない人々について触れ、その不公平を書いていた。いつもはバカバカしい内容専門のサイトだったから、妙に印象深かった。
だから、フト「あぁ、そういえばあいつは選挙権が無いんだ」と思い出したのだ。

そんなわけで、今日は選挙権に関して。といっても「在日」だけが問題ではない。
参議院・衆議院の選挙権は「満20歳以上の日本国民」に与えられるので、外国籍の人には(日本に生まれようと、何年日本に住もうと)選挙権が無いことは、ほとんどの人に知られていると思う。しかし実は、この「満20歳以上の日本国民」の中にもいくつかの例外がある。
(公職選挙法 第11条1項より)
 1.成年被後見人
 2.禁錮以上の刑に処せられ、その執行を終わるまでの者。
 3.禁錮以上の刑に処せられ、その執行を受けることがなくなるまでの者(刑の執行猶予中の者は除く)。
 4.公職にある間に犯した収賄罪により刑に処せられ、実刑期間経過後5年間を経過しない者。
 5.選挙に関する犯罪で禁錮以上の刑に処せられ、その刑の執行猶予中の者。
 6.公職選挙法に定める選挙に関する犯罪により選挙権、被選挙権を停止されている者。
 7.政治資金規正法に定める犯罪により選挙権、被選挙権が停止されている者。
2~7については、ようするに犯罪者だから(特に5~7に関しては選挙・政治の場面での犯罪だから)選挙権が無いということで、これも多少は知られているだろう。
だが、1.成年被後見人についてご存知の方は、かなり少ないのではないかと思う。

成年後見制度とは、認知症や知的・精神的障害などの理由で、財産管理や契約・遺産分割などの手続きを自身で充分に行えない人のために、それを保護し支援する制度である。保護と支援には後見・保佐・補助と種類があるが、いずれにしても家庭裁判所の選んだ成年後見人などが、本人に代わってそれらの法律行為を行ったり、補佐することになる。
悪用を避けるために後見人の選任に留意するなど、いくつかの留意点・問題点はあるものの、障害当事者が社会生活を送る上で、もちろん必要な制度である。
しかし、この制度には現在、意外なデメリットがついてきている。
そう、成年後見人制度を利用すると、自動的に選挙権が剥奪されるのだ(保佐・補助の場合は異なる)。実はこのことは、成年後見制度を利用している本人や家族ですら知らないケースが多いようだ。【成年後見制度と選挙権に関するアンケート】
では、なぜ成年後見制度を利用すると、選挙権が無くなってしまうのか?
国側の説明としては「財産管理や契約に支障をきたすような人に、誰がいいか、どの党がいいかを選ぶ判断能力は無い」といった趣旨である。これには障害者団体や弁護士会から人権侵害であるとの批判が出ており、改正が求められているところだ。日弁連【成年後見制度に関する改善提言】(PDF)

成年後見人制度を利用していようがいなかろうが、その人はその人だし、同じ判断力で同じ人格だろう。成年後見人という福祉サービスを受けたからといって、それと引き換えに国民としての権利を奪われること自体、極端に不公平なギブ&テイクと言わざるを得ない。

さて、もう一方で、法律には規定されていない「選挙権を持たない日本国民」がいる。
選挙に参加するとき、選挙権があると証明するものは何か?
それは選挙人名簿であり、私たちの元に届く「投票所入場券」である。
では、「投票所入場券」はどうやって私たちの元に届くのか?
ご存知の通り、ハガキとして郵送で送られてくる。
ここで問題となるのは、住所である。選挙人名簿に登録されている選挙人(有権者)であっても、住所が無ければ、当然だがハガキが来ない。一応、法律的には選挙権があるものの、実質、それを行使することは不可能なわけである。
つまりホームレスやネカフェ難民、マック難民は、どんなにこの政治のあり方がおかしい、俺の貧困は政府の責任だ!と怒っていても、その思いを投票行動として示すことが出来ない。

このように障害者や貧困者から選挙権が奪われることは、どんな影響を及ぼすだろうか。
政治家が何よりも手にしたいのは「票」である。もちろん、有形無形の利権や、人によっては社会正義を求めて政治家となる人もいるだろう。だが、いずれにしても、まず当選しなければムリな話だ。当選無くして利権の獲得も社会正義の達成もあり得ない。
当然、票になる問題(例えば年金問題)については積極的に政策を打ち出すが、一方で票にならない問題については、ほとんど議論すらされず放置されていく。自分に投票しない(出来ない)人たちのことを優先的に考え、行動する政治家など、ほとんど存在しない。
現に、メディアの世論調査で「国民が何に関心を持っているか」が明らかにされれば、その問題を重点的に訴えて、選挙は戦われるわけである。これは日常の政治活動においても同じことだろう。
だから選挙権が無いということは、単純に権利の問題なのではない。そのような人々を支援する政策が立ち遅れる(又はまったく行われない)可能性を拡大する意味でも、選挙権が剥奪されることの影響は大きい。

もちろん、多くの人が関心を持つ問題が解決すれば多くの人が救われる。
それ自体が悪いわけでもなんでもないし、確かに優先順位としては上なのだろう。
だが、大きな声をあげることの出来ない、いや、わずか一票すら投じることの出来ない人々の周囲にこそ、社会の劣悪さは充満しているのではないか。


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各党の選挙CMに「3年後の危機」を思う [選挙]

参議院選挙3日目。選挙CMについて扱おうと思い、昨日のうちに記事を書いた。で、書き終わってテレビをつけたら、ニュース23で選挙CMの特集をしているし、今日は新聞でもCMについて扱ってるし、先を越された。考えることはみんな似たり寄ったりなわけで。
とはいえ別の視点から考えるべきことがあるので、今回は選挙CMについて。
「お前の感想なんて知るかよ」という人は、後半の本題だけでもお読み頂ければ幸いである。

まずは各党別のCM映像と、わたくしの個人的感想。
自民党:「成長か、逆行か。」「成長を実感に!」
映像クオリティが高く、金かけてるなって感じである。CMとしての完成度は高い。
前半は、良い話を詰め込めるだけ詰め込んだという印象。どこに重点があるのか分かりにくく、これだけ立て続けに良い話を出されると「本当かよ」って気持ちになってしまう。最大の難点は、キャッチフレーズを言うのが安部首相だということか。
公明党:「未来に責任」
こちらも映像クオリティが高く、金をかけている印象。特に突っ込みどころは無い。前回のイカンザキCMのほうが、投票に繋がるかどうかは別にして、印象に残った。
与党はどうしても、良い話をすればするほど「本当かよ」「お前が言うな」と思ってしまう。「増税してすいませんでした。次からは頑張ります」とか言えばいいのに。まぁ言えないか。
民主党:「生活が第一」
いつも、お金をかけてCMとしての完成度も高いのに、「船が難破して、党首が吹き飛ばされるなんて縁起でもない」とか「意味不明のカットが多い」とか党内でのCM評判が悪い民主党。
しかし、今回はいいんじゃないか。弱者の味方を前面に出しており、CMだけを見れば、党に対するイメージが変わる。
共産党:「いまこそ必要、たしかな野党。」
前回、初めて選挙CMを作り、党内からは「他党の姿勢をマネする必要はない」的な批判もあった共産党。でも今年も作りました。
おそらく、もっとお金をかけて完成度の高いCMを作ることが出来れば、党内でも「やって良かった」との評価になるのでしょうが、なにしろ民主党以外の野党は金がない。こういう、ロケなしの単純なものにならざるを得ない。
社民党:「ツヨイ国がいいですか。ヤサシイ国がいいですか。」
こちらもお金が無いので、「アニメ篇」と「静止画の連続篇」(正式な名称は不明)。
キャッチフレーズは上手い。アニメ篇の冒頭で、少年が兵士に代わる様も上手い。ただ、どこがと言われると難しいのだけど、全般的に「ヒダリ臭さ」が漂っているように思えて、そこが難点。
国民新党:「正々堂々、抵抗勢力。」
評価すべきは、もちろん「熱唱編」。他のバージョンのほうがCMらしいし、完成度も高く、流される回数も多いだろうが、そんなことは問題じゃない。激烈な印象を残す意味で、全政党CMの中で国民新党の「熱唱編」がダントツである。他の追随を許さない。個人的にはイチオシだ。CMとして。
亀井議員が「お母さん」をレコーディングする光景はワイドショーでも取り上げられていたが、まさか選挙CMで使うとは。いろいろ大丈夫なのか。
新党日本:「脱・しがらみ 脱・なれ合い」
胃腸薬かなんかのCMみたいだ。妙に殺菌された、熱さの無い政党CMである。一応ラストで「新党ニッポン!」と力強くコブシを上げているのに、どうも田中康夫のいる部屋が無菌室に思えて仕方がない。この無味乾燥な感じは何なんだ。ガラス張りってこういうことなのか。

さて、これから本題。
前国会で改憲手続き法(いわゆる国民投票法)が成立し、この法律については様々な問題が指摘されているが、そのひとつに広報の公平性の問題がある。
今回、選挙CMに金をかけていてクオリティも高いのは、自民・公明・民主である。そして、少なくとも公式には、いずれも改憲派の党である。一方で、護憲に力を入れているのは共産党と社民党だ。
そのことを踏まえた上で、もう一度各党のCMを見比べて欲しい。
今回の改憲に反対の人々は、この完成度の違いに愕然とするのではないか。

更に言えば、そもそもCMの流れる頻度にも政党間で極端な差がある。改憲是非に関する国民投票においては、政党が(広報協議会の規定に沿って)無料で意見広告を出せることになっているから、政党CMについて、このような不均等は無くなるのだろう。
しかし、問題は政党以外が流すCMで、そういうCMを流せる企業・組織をどれだけバックグラウンドに持っているか、つまり資金力をどれだけ持っているかは、今回の選挙CMに現れる「放送頻度の格差」と大差ないのではないか。
実際に国民投票が行われることになれば、クオリティの高い「改憲派」CMが頻繁に流れることは目に見えている。まぁ、いわゆる「護憲派」には護憲に人生をかけているような人も多いから、いざとなれば貯金でも年金でも、全財産をささげてCMを流そうとする個人・団体もあるだろう。
しかし、圧倒的な資本を前にして、焼け石に水となるような気がしてならない。

たかが数十秒のテレビCMが、選挙の投票や憲法への判断に影響するなんて、正しいことではない。しかし、そういう「べき論」「理想論」ばかり言っているから、リベラル勢力は負け続け、小泉政権が高い支持を得、石原都知事が続投したのではなのいか。
ポピュリズム政治が理念的には「間違って」いても、その中で勝つ戦略も必要である。


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