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尾辻かな子の目指すWe're OK!な社会 [LGBT]

おとといのブログで「尾辻かな子は、なぜ民主党から立候補するのか」を書いたら、今週の丸激ゲストは尾辻かな子さん。また、4日のブログに書いた「多様な"幸せ家族"」と少子化の問題についても、番組内でふられれていた。
予言か?
まぁ、宮台氏は性の分野についても造詣が深いので、当然と言えば当然のチョイス。

私が以前勤めていた会社で、私の知る限りだけでも3人のLGBTがいた。一人は一緒に仕事をする中でカミングアウトされ、もう一人は相手が仕事を辞めてからカミングアウトされ、もう一人は、これも相手が仕事を辞めた後でたまたま知ることとなった。
総勢100人以上の社員がいたから、割合としては当然(というか、本当はもっといるはず)なのだけど、重要なのは、それだけの当事者がカミングアウトする社会になったのだ、ということだ。若い世代を中心に、性的マイノリティであることは「絶対に言えないこと」ではなくなって来ている。
しかし一方で、番組でも触れられているように、少数者の自己肯定に関しては、まだまだ歴然たる地域格差がある。多様な情報や人々と容易に繋がることの出来る都会では、かなりの少数派でも「仲間」を見つけて自己肯定できるのに対し、地方では自分一人で問題を抱えざるを得ない当事者が多い。
特に社会的なコネクションの無い若年者にとっては、深刻な問題である。尾辻さんの述べた「10代の同性愛者のうち、60%が自殺未遂を考えたことがあり、15%が実際に自殺未遂をしている」との数字が持つ意味は大きい。
どんな地方で、どんな立場にいても、性的マイノリティであることを理由に「阻害」を感じ「死」を考えなくてすむようにするのは、政治の力しかない。

前半のトークで「多様性のある社会を目指す尾辻かな子が、なぜ、民主党なのか」を尾辻さん自身が語っていた。それで明確になったのは、尾辻かな子にとって政治は「思想信条を達成するための行為」ではなく「実生活を動かすためのツール」であることで、思想ではなく実務の人なのだと痛感する内容だった。
尾辻かなこの目指す「どんな人でも生きていける、We're OK!な社会」への一歩は、とりあえず次の選挙戦からスタートする。

尾辻かな子「Running to the rainbow」プロモーションビデオ


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尾辻かな子は、なぜ民主党から立候補するのか [LGBT]

レズビアンであることをカミングアウトしている尾辻かな子(元・大阪府議会議員)が民主党から参院選に出馬すると聞いたときは驚いた。国政に立候補したことに驚いたわけでも、民主党が公認したことに驚いたわけでもない。端的に言えば「なぜ、社民党ではなく民主党を選んだのか?」という疑問が、即座に頭に浮かんだのだ。
尾辻かな子は、福島瑞穂・保坂展人など社民党議員との親交が深い。いつか政党の公認で立候補するなら、私は当然、社民党なのだろうと思っていた。
彼女が打ち出している「だれもが自分らしく生きられる、多様性を認める社会へ」とのスローガンも、野党的であるだけではなく社民・共産的だし、府議会議員時代を「112人いる議員の中で、7人しかいない女性議員の一人だった」と振り返ることも、フェミニストである福島瑞穂が好みそうな立ち位置である。
社民党議員との深い「連帯」の経緯がありつつ、なぜ尾辻かな子は民主党を選んだのか?
しかも今回の出馬に関しては、民主党から要請があったわけではなく、尾辻候補本人が民主党の公募に応募し、候補者となった経緯がある。つまり尾辻候補は、積極的に、民主党を選んでいる。

もちろん選挙の候補者選択に関しては、国民に見えない部分でありとあらゆる損得や交渉が行き交うだろうから、単純なことは言えないが、彼女の立候補時のスピーチに、その理由のひとつが垣間見えるように思う。
スピーチの中で尾辻候補は「野党第一党が(レズビアンである)私に対して公認を出したことは、まさに画期的」と述べている。この「野党第一党」が鍵を握るのだろうと感じる。
おそらく、セクシャルマイノリティ(への人権)問題の当事者である尾辻候補には「一日も早く同性愛者をパブリックな存在として打ち出し、絶対に勝たなければいけない」との気持ちがあるだろう。出馬が大手メディアでも注目される今、仮に落選すれば「やっぱり同性愛者なんてごく少数だし、それを社会は支持していない」との偏見を証明することにもなりかねない。
そのためには、やはりマイナーな社民党ではなく、野党第一党である民主党。なのではないか。
仮にそうだとすれば、それは(政治理念としてはともかく)戦略的には大正解かもしれない。自民党への支持が急落する中、その選択はますます「戦略的に正しいもの」となりつつあるだろう。

彼女のホームページや発言を見ても、未だに具体的な政策はよく分からないが、「とにかく当事者が国政に参加することが大切」であるのも事実だ。
あとわずかで選挙告示。日本初のレズビアン議員は誕生するか。

【ビデオニュース「レズビアンの候補が国政に挑戦」】
http://www.videonews.com/press-club/0704/001107.php
【保坂展人による東京レズビアン&ゲイパレード行進報告】
http://www.youtube.com/watch?v=QV3EU1p2CEE
【保坂展人のどこどこ日記「東京レズビアン&ゲイパレードに行ってきた」】
http://blog.goo.ne.jp/hosakanobuto/e/1f0c2f22633b5759a9c0908636346f3c


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多様な"幸せ家族" [LGBT]

同性愛を否定する根拠として「子どもが出来ないから」「同性愛を認めると人口が減少する」と言われる。しかし、体外受精も進みつつある今、同性カップルだから子どもを作らないとか、異性カップルだから子どもを作る、というのは机上の空論に過ぎない。

例えば、こんな「家族」もこの世界にはある。


これはオランダの子ども向けテレビ番組で放送されたもので、毎回、Kinderen voor Kinderenという子供たちのグループが、様々なメッセージソングを作って歌う内容。オランダは同性結婚を認めており、養子として子どもを持つことも法的に保障されている。
曲の中で少年は何度も「たまにうるさいけど、最高なんだ」と二人のパパを実に誇らしく歌う。虐待の増加や親子関係の希薄化が言われる昨今、この少年のように自分の親を「最高なんだ!」と言える子どもたちが、一体どれだけいるだろうか。

少子化が進む中、子どもをたくさん産み育てなさいと言う一方で、国が多様な家族形態を認めないことは実に矛盾している。クニの認めた子どもしか産ませないことは少子化の一因となっていないか。現にフランスでは、同性婚を認めたり、シングルマザーへの支援を手厚くすることで出生率が向上している。
日本では未だに離婚後300日問題すら片付かず、それに対して法務大臣が「貞操観念」を持ち出すほどの保守ぶり。実際には多様な家族形態が存在しているが、国はそれを認めていない。
私にはこの感覚が分からない。現に「多様な幸せ家族」が存在しているのに、それを否定する理由がどこにあるのか。人の幸せを否定することが何故「必要」で「正しい」のか、本当に、よく分からないのだ。


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あるレズビアンの葬儀より [LGBT]

数年前、レズビアンの友人が亡くなった。まだ二十歳だった。
共通の友人からすぐに連絡が入り、仕事を休んで葬儀に参列することにした。それでも、実感なんて全然無かった。道中もどこか半信半疑で、電話口で友人がすすり泣いても、なにか遠い出来事のようだった。悪い冗談じゃないかと思った。

クリスチャンだった彼女の葬儀は教会で行われた。棺の中に横たわる彼女を見て、ようやく死が紛れも無い事実なのだと思い知り、後から後から涙がこぼれた。
彼女は家族にも学校の友達にもカミングアウトしている、かなりオープンなレズビアンだったから、参列している多くの友人・知人は彼女のセクシャリティを知っていたし、その場には彼女の恋人もいた。
葬儀が進み、彼女と長年関わっていた牧師が思い出話をする。
「Rちゃんが小さい時、新しい牧師が若いお兄さんだと聞いて、コッソリお母さんの口紅を付けてきたのを思い出します。とてもおませな子でした。」

こんなの、彼女の人生じゃない。
レズビアンだった彼女に、それが意味のある行為だと言うの?
あれほど積極的にカミングアウトしていたRですら、こうやって、ヘテロだったかのように葬られるのか。たった20年の人生を、嘘で閉じられてしまうのか。
セクシャルマイノリティへの理解が深まりつつあるといわれる。同性愛者への差別は過去の話だという人もいる。けれど、一体どれだけのLGBTが、偽りの無い葬儀を迎えることが出来るだろうか。レズビアンとして、ゲイとして、バイセクシャルとして、一生を終えられるだろうか。

LGBTは未だに、世間にとって「いるはずの無い人たち」だ。


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