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友達が冤罪で逮捕!? [司法]

冤罪(エンザイ)。
映画「それでもボクはやってない」や、昨今明らかになった冤罪事件によって、身近な問題と思う人が少しは増えたのだろう。それでも、自分が巻き込まれることをリアルに想定するのは難しい。
日ごろ、法律やら裁判に対してエラソーにウンチクたれている私だって、本当に実感を持って想像できるかと言われれば微妙なところだ。
ところが昨日、久々に会った友人が「冤罪で逮捕されそうになった」というのだ。

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友人の住む町では、最近、町長選挙があった。現職A候補と新人B候補が対立する選挙だ。
私の友人であるCさんは、新人のB候補を応援していた。当初は事務所などにも度々顔を出していたが、家族が市役所に勤めていたため、現職町長(A候補)の対立候補を公に応援することには問題があると感じ、途中から事務所に顔を出すのをやめていた。

またCさんは新居建築を予定しており、選挙期間中の某日、打ち合わせのために建設会社と自宅で話し合った。その日は建設会社の都合で開始時間が遅れ、打ち合わせは夜9時から深夜12時過ぎに渡って行われた。
打ち合わせを終え、建設会社は自分の都合で遅くなったことへの申し訳なさもあり、契約してくれたCさんに深々とお辞儀をしてCさん宅を出た。

Cさんが建設会社と打ち合わせをしたその日、新人B候補の事務所では。
「A候補が票を集めるために、土建屋を使ってカネをばら撒いている」との情報が入り、大きな問題になっていた。(実際、A候補は選挙後に、おそらく冤罪ではなく公職選挙法違反で逮捕されている)
そのためB候補陣営では、運動員が町内を回り、怪しい動きが無いか確認することにした。
すぐに町内を見回ったところ、深夜だというのにCさん宅では明かりがつき、家の前に何台もの車が止まっている。おかしいと思って見ていたら、今度は建設業者の人間が出てきて、Cさんに実に深々と頭を下げて出て行くではないか。
「建設業者が金を渡しに来たんだ!」
彼らは直感した。
「うちの事務所に来なくなったのはそういうことか! 金をもらって寝返ったんだ!」
彼らにはそうとしか見えなかった。

もちろん、実際は家の打ち合わせをしていただけで、建設会社もA候補との利害関係は無かった。
しかし、噂はまたたく間に広がり、数日後には「どうやらCは明日にでも逮捕されるらしい」と、町中でささやかれた。

投票の結果、B候補が当選。
その時点で「Cさん逮捕説」は町中の知るところとなっていたが、みな影でささやくだけで、本人には真意を問わなかった。そのためCさんは噂の存在すら知らなかった。
B候補の当選を受け、何も知らないCさんは純粋に嬉しく思っていた。とても厳しい選挙だったのに、よく頑張ったなぁと感心し、久々に事務所にも顔を出した。たまたま知り合いの運動員がいたので「本当に良かったね!」と熱く握手を交わし、涙ぐんで当選を喜んだ。
すると今度は、それが「涙ながらに"逮捕されそうだから助けてくれ"と懇願した」との噂に変わる。

ここまで来て、ようやく噂に疑問を持つ人が現れ、Cさん本人に真意を確かめた。
当然ながらCさんは驚愕し、すぐに誤解を解いて、なんとか問題は解決した。
後日、B候補の陣営はCさん宅に謝罪に来ている。

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まるでドラマか映画である。
幸いにしてCさんは逮捕されなかったが、自分が応援していた候補者の側から疑いを掛けられたこともあり、今はまだ人間不信なようだ。町でだれかが噂をしていると「自分のことを言っているのでは」と不安になる。田舎の小さな町の事だから、尚更だろう。
「本音と建前」的なイナカ風土も、冤罪が生まれる要因の一つかも知れないと思う。
なにしろ、Cさん逮捕説が町中に広まってからも、周囲の人々は(少なくとも表面上は)ごく普通にCさんと接していたのだ。Cさんはそんな噂があるとは夢にも思わないから、事実を説明して誤解を解くチャンスも無かった。

思い出したのは、言うまでもなく鹿児島県議選にまつわる冤罪事件だ。
「踏み字」に代表される拷問とも呼ぶべき自白強要があったことは有名だけど、そもそも、なぜ何もやっていない人が疑われたのか?はあまり注目されていない。
友人の「あと一歩で冤罪逮捕」の話を聞いて、なんのことはない偶然の数々が、いとも簡単に「信憑性のある疑惑」になっていくのだと実感した。そして、疑いをかけた人々の立場からすれば、確かに「めちゃくちゃ怪しい」と写ったのも理解できる。冤罪の元となる「事実に基づかない疑惑」が、いかにして生み出されるのかを如実に見た出来事であった。
今回は噂の域を出ないうちに騒ぎは終わった。しかし、噂が広まることで、「なぜ逮捕しないんだ」と世論から警察への要請が高まれば、それに乗せられて警察が手を打つ事だってあり得たのではないか。

私たちは誰でも、偶然の重なりや情況を根拠にして「濃厚な疑い」を作り出す。
問題は、警察が「疑い」はあくまでも「疑い」として慎重な捜査を行い、「犯人だと吐かせるため」ではなく「事実を確かめるため」の取調べをするかどうかだ。裁判官が、強要されたかも知れない自白や、単に「それらしく見える」という状況証拠だけを根拠にして、判決を下さないことだ。

<関連>
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裁判が検証できなくなるようです。
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