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重罰化のための必要条件 [司法]

私自身は重罰化には強い疑問を持っているし、死刑制度については反対だ。そうしたことは社会から慣用性を失わせ、ひいては社会全体を荒廃させ、より「余裕の無い息苦しい社会」に繋がると思うし、死刑については「国家が公的に認める殺人」の存在に納得できないからだ。
けれど、じゃあ重罰を望む被害者をお前はどうするんだ、重罰以外の方法でどう救えるんだと言われれば、今の時点では返す言葉が無い。私は被害者救済のために具体的な行動を取っていないし、「加害者を許して心の平穏を持つ事が被害者にとっても幸せ」などという安易な救済策は口が裂けても言えない。
また今の社会的な雰囲気からして、(それが正しいかどうかはともかく)重罰化しなければ社会が納得しないだろうし、納得しないがゆえに(納得しないことが正しいかどうかはともかく)現実に社会が荒廃する事もあるだろう。
正直、自分の中でも葛藤がある。社会の重罰化要求に対する激烈さを見るにつけ「重罰化しないことによる社会の荒廃」を予想せざるを得ないし、被害者の悲痛な声を聞くにつけ「重罰化が悪いと言っているだけで許されるのか」と苦悩する。いや、許されるはずは無い。

けれど、重罰化が仮に良い事で必要な事だとしても、そのためにはいくつかの条件がある。それは倫理的な条件(人間・社会はこうあるべき)ではなく、リスク管理的な条件(この条件を満たさないと国民が危機にさらされる)である。
まず一つは、冤罪・誤判の問題である。以前にも述べたように、日本の有罪率は99.8%だ。世界中でこんな国は他に存在せず、間違いなく異常事態である。その背景には少なくない冤罪があるだろうし、また冤罪ではないにせよ、事実と違う(実際よりも凶悪な)事実認定の元での、誤った判決もまた存在する。
人間が判断することだから、そうした過ちをゼロにする事は不可能だ。それでも、例えば取調官のモラル向上や、取調べの撮影による可視化などの対策で、冤罪・誤判のリスクを出来る限り低くする事が当然の責務だ。
特に重罰化する場合、同じ冤罪・誤判に対して今より重い処遇が課されるわけで、重罰化するのであれば、その前提として冤罪や誤判のリスクを低下させる努力が必要だろう。
また一方で被害者の救済に関しても、重罰化は重罰化でするけども、それとは別に経済的な支援や、加害者との関わりや、事実の解明や、再犯率や犯罪率の低下など、様々なファクターから多面的に(より多くの)被害者救済のための努力がなされなくてはいけない。「重罰化したんだから、もういいだろ」となってしまう事が一番危険だ。
被害者は多種多様で、人によって様々な要求があり、様々な救済がある。私たちはその一つ一つと真摯に向き合い、自分たちにいったいなにが出来るかを考えなければならない。
また、例えば少年事件において、少年院への装置は軽すぎるから通常の裁判にしてくれと望む被害者がいるにしろ、現実としては少年院のほうが再犯率は圧倒的に低い。このような「被害者の望む事」と「被害者のためになる事(再犯罪率を下げること)」が残念ながら必ずしも一致しないといった事実も見た上で、いったいなにが本当に被害者を救済する有効な手段なのかを考えなくてはならないだろう。

では現在の重罰化要求は、そうした条件を満たしているだろうか。
まず取調べについて言えば、可視化に対して警察は未だに否定的である。また裁判においては、特にオウム事件以降、迅速化が強く求められている。事実解明や量刑判断への慎重さが軽んじられ、またはそうした慎重さが有害で邪魔なものとされ、「100人の無実の者が罰せられようと、一匹のネズミを逃してはならない」という推定無罪とは真逆の雰囲気が社会を覆っている。
その中で、当然ながら事実の解明は難しくなり、冤罪や誤判は増える。
一方で被害者救済に対しては、「とにかく被害者を救うためには重罰化」という単純な論理ばかりが語られ、重罰化によっては救われない被害者の存在は無視され、重罰化以外の救済方法を考える事が、さも「被害者を侮辱する」かのように思われている。このことは、昨今流行の「被害者の身になってみろ」言説を口にする人の多くが、しかし実際には、被害者のための有効な手段を模索していないことを表している。
つまり彼らは「もう重罰化したんだから良いだろ」と言いかねないのではないか。
重罰化の要求が高まる中で、皮肉な事に、重罰化の前提となる必要条件は同じ速度で失われて行っている。

例えばあと5年10年で、重罰化はかなり進むだろう。そのときになって「あれ、だれも幸せになってないじゃん」ってオチが待ち受けているとしか、私には思えないのだけど。

<関連>
冤罪と重罰化
犯罪被害者家族へのケアや報復(復讐)権について考える


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コメント 4

ブロガー(志望)

お邪魔します。
 お言葉ですが「冤罪・誤判の問題」は「重罰化のための必要条件」などで
はなく、「法治そのものの存続」に関わる問題です。「無実なのに罰せられ
る」一方には「やったのに罰せられない」人間がいるわけで、そうなれば罰
せられても「たまたま運が悪かった」「捕まった奴が馬鹿」になってしまいま
す。そうなれば「法治」そのものが成り立たなくなるでしょう。

 それから「制度や仕組みの問題ではないのかの検討」が「重罰化のため
の必要条件」ではないでしょうか。かつての中国では官僚は汚職を疑われ
た"だけ"で自決を強要されていたそうですが、それでも官僚機構の腐敗堕
落の阻止には十分ではありませんでした。「知事個人の財布と行政単位
の財布(予算)に区別が無かった」事や「(平和的な)政権交代が無かった」
事が問題だったのでしょう。後「高校野球の特待生問題」で高校球児達が
出場停止になりましたが、自分には「主たる責任は高野連」に思えます。
「特待生の禁止」は「学生の本分はあくまで勉強」という考えに基づくものと
思われますが、「あくまで高校の課外活動」というのなら高体連の管轄に置
いて野球部の試合はインターハイとかでやるべきで、「プロの養成」はクラ
ブチーム等でするべきでは。
by ブロガー(志望) (2007-08-12 09:56) 

sasakich

ブロガー(志望)さん、コメントありがとうございます。

>お言葉ですが「冤罪・誤判の問題」は「重罰化のための必要条件」などではなく、「法治そのものの存続」に関わる問題です。
もちろん、仰るとおりです。軽い刑罰なら冤罪・誤判があって良いという事ではない。
ただ私が申し上げたかったのは、今ですら冤罪・誤判があるのだから、更に重い刑を課そうとする(重罰化する)なら、そのリスク回避をより真剣に行う義務があるということです。

>それから「制度や仕組みの問題ではないのかの検討」が「重罰化のための必要条件」ではないでしょうか。
犯罪抑止のために重罰化するなら、確かにそうです。その意味で言えば、重罰化は(統計からして)無意味です。特に凶悪犯罪についての効果はまったく立証されていません。
ただ、今の重罰化論は多くの場合「被害者感情」を根拠にしています。抑止効果があるかどうかはともかく、そうしなければ納得行かない被害者がいるじゃないかと。
私はそれについては、正直なところ(今のように被害者の救済が進まない情況の中では)明確な反論が出来ません。ただ、それにしたって色々とリスクがあるじゃないか、それはどうすんだよ?って事です。
by sasakich (2007-08-12 11:36) 

円

トラックバックありがとうございます。

「社会の重罰化要求に対する激烈さ」というのは独善的正義感に基づく感情論ですし、「重罰を望む被害者」ばかりではありません。
浜井浩一「犯罪統計入門」によると、2004年に開催されたアメリカ犯罪学会では、
「重罰化には統計的に有意な犯罪抑止効果はなく、刑罰の確実性についても抑止効果は期待できないという結果が報告されていた」
とあります。
重罰化は国による管理統制の強化と結びつくわけですから、重罰化を求めることは私たちの首を自分で絞めているようなものだと思います。

>昨今流行の「被害者の身になってみろ」言説を口にする人の多くが、しかし実際には、被害者のための有効な手段を模索していないことを表している。つまり彼らは「もう重罰化したんだから良いだろ」と言いかねないのではないか。

その通りだと思います。
原田正治さんがこういうたとえを話されています。
被害者は平穏な生活の中から、加害者やその家族と一緒にがけの下に突き落とされる。で、「助けてくれ」と、がけの上に向かって声をあげる。ところが、「死刑は当たり前なんだ。なくちゃいけない」と言う人たちは、誰一人として下にいる我々に手を差し伸べてくれない。手を差し伸べようとする感覚さえない。そして、加害者を死刑にして、これで終わったと思っている。我々はがけの下に放り出されたまま。

被害者感情という言葉だけが一人歩きしているように感じます。
by (2007-08-15 08:15) 

sasakich

円さん
来訪&コメントありがとうございます。

>重罰化は国による管理統制の強化と結びつくわけですから、重罰化を求めることは私たちの首を自分で絞めているようなものだと思います。

本当にそうですよね。最近の色々な動きを見ていて心底思うのは「国家権力って怖いものだよ」と言う認識がとことん薄れていることです。
だから、何かあるとすぐに「国は何やってるんだ、もっとしっかり見張れ。もっと禁止しろ、罰しろ」と安直な要求が出てくる。それが自分も見張られることであり、自分が禁止され罰せられることに繋がるとも思わずに。
感情としては分かるけど、立ち止まって全体を見ようよって感じです。
by sasakich (2007-08-15 12:47) 

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